私の「音楽観」について少し。

RSSで読んでいるブログで、すごく心に引っかかった言葉があったので。


つーかーれーたーーーー日記:島国大和のド畜生

 ゲーム製作は落とし穴を掘るのに似る。
 多くの人が、落とし穴にハマれば、ゲームとして成功といえる。


 あーだこーだ考えて、落とし穴を掘る。落とし穴は開発予算によるので、そんなに大量にも掘れなければ、深くも掘れない。
 何十億クラスのゲームは、深い穴を大量に掘れるが、予算が違えば同じものを目指しても無理なものは無理。


 だから、奇をてらったり、データを照らし合わせてココならいける、というところに絡め手で穴を掘る。
 ギリギリ掘れる深さ、数なので、無駄仕事は死に直結する。


 もー真剣に脳から煙が噴くのではないかという詰め将棋。
 ここに穴を掘っておけば、それなりの人数が確実に落ちる、ソコに落ちなかった人はココで落とす。というところを狙って掘って、その狙いが当たれば、そこはやはり、チームや自分を褒めたい。

そう言えば俺が音楽を考えるときも、「落とし穴」を掘る要領だなあ、と思った。
俺がいい歌を歌えたとき、だいたいは、「悪戯を考える子どもの顔」になっている。



俺のやっているアマチュア合唱だと、制約は「開発予算」ではなく、練習時間とか指揮者の実力とかどれだけツテで実力者を集められるか…とかだったりするけど。



どうもアマチュア合唱の人は、「聞いてくれる客のことを考えろ!」みたいなことを言う人はいるが、「聞いている人をどこで落とし穴に落とすか」「どこで引っ掛けるか」「どう振り回すか」みたいな具体的な「演出」というものを考えている人ってそういねえなあ、と思うことがあるな。


どうも根がクソ真面目な人が多いせいか、ドMな人が多いせいか、「落とし穴に落としてやろう」というより、「発声・音楽はこうあるべき!」「とにかく(音程やリズムやハーモニーの)精度を高めればいい音楽になる!」「こうするのが(合唱コンクール的評価基準では)正しい!」「間違いを無くしていけば完璧な音楽になる!100点満点の回答を目指せ!」「指揮者が求めること以外はしてはいけない!」…みたいな感じで。
「正しい音楽(努力)をすれば、正しい評価を得られる!」みたいなさ。
それって間違ってはいないけれど、ちょっと痛々しいかな、と。


もっとニヤニヤしながらさ、「ここがこうなったら面白いんじゃないかな?」「ここでこう来られたら泣くわ…」「これ気持ちいいよねこれ!」みたいなところを大事にして、観客のリアクションを想像しながら音楽やった方が、モチベーションも上がるし、いわゆる「表現」も多彩な、いい音楽になりやすいと思うのです。
(「表現・表現力があるとかないとか」ってのはどう考えてもジャーゴンなので、あんまり使いたくない言葉なんだけどね。)


確かにだいたいの曲は「曲自体」に作曲家の作った「落とし穴」があって、楽譜通りにしっかり歌えば自然と「落とし穴」はできるんだけど、そして「楽譜に忠実」「音楽の精度」ってのも「落とし穴を落とし穴たらしめる」ために絶対に必要なんだけど、それを「落とし穴」であると意識して歌えるかどうか、ってのは考えなきゃならないな、と思う。



一般論的な正しさなんかじゃなく、お前の「悪だくみ」を聞かせて欲しい。
ただの共同者業をする仲間ではなく、「共犯者」でありたい。


…そんなことを、俺は、一緒に音楽を作る人に求めています。


一緒に歌う人だけじゃなく、指揮者やボイストレーナー、ステージの演出者、作曲者・作詞者、さらには観客…と、あらゆる人達と「共犯者」になり、お客さんを「落とし穴に落としたい」と思います。
「落とし穴に落とす」ということ、それが「感動させる」ってことだろ。



…などと、思ったままに書いてみました。
合唱界を少々Disった内容になっちゃいましたが、あくまで私の経験&思い出補正のかかったものなので、実態は全然違うかもしれないし、そこは責任持てないでーす。


自分がなんでこんな考えを持ったのかなーと考えると、たぶんいつも紹介するこのブログのおかげというかこのブログのせいというか…(笑)。
ヴォイストレーナー チャトラ猫の原稿倉庫 - Yahoo!ブログ
とくに、このカテゴリの記事。
季刊「合唱表現」−ヴォイストレーナー チャトラ猫の原稿倉庫 - Yahoo!ブログ
それとか、この記事とか。
第23回 マジメな顔? - ヴォイストレーナー チャトラ猫の原稿倉庫 - Yahoo!ブログ


なんだか歌うことが全く楽しく無くなった大学時代のあのとき、このブログに救われました。
自分にはあれができないだのこれが足りないだのそれが向いてないだの…と、卑屈な想いで頭が一杯になってた自分ですが、表現すること、というより「客をペテンにかけること」「落とし穴を掘ること」の楽しさを教わり、立ち直ることができました。
私のブログにも、なんだかそういう「音楽的青春の迷い人」がちょくちょく訪れてるみたいですが、そういった人たちが「新しい表現の楽しみ」を、「新しい世界」を見つける手助けになりたいな、と思います。