発声の「支え」ってなんなんだ


…こういう感じで、「声の支えが足りない」という質問にお答えしようとしても、「声の支え」の定義が大変曖昧なものなので、全然答えようがないよなあ…と思ったところで。
つーか、俺が、「声の支え」なるものをいまいち理解していないので書くエントリ。


とりあえず、先達の言葉を聞いてみる


テノール歌手の水野尚彦氏によると…
http://homepage3.nifty.com/MizunoNaohiko/page028.html

歌うための呼吸法と声の支えに関しては、色々な人が、色々なことを言ってきたと思います。
ただ、一番大切なことは自然なことだと思います。
言い換えれば、バランスを取るということです。
何事も、必要な事をやらなければできないわけですが、やり過ぎは時として、それ以上に悪い結果を招くものです。
「過ぎたるは及ばざるが如し」とは、誠に真理を穿った名言だと思います。


全く息を吸わなければ、歌うことはおろか、自分の名前を名乗るのも困難です。
かといって、胸部や腹部がパンパンに膨らんで硬直するほど息を吸ったら、
声のコントロールはほとんど不可能になります。


声の支えに関しても、横隔膜で呼気(吐く息)をコントロールしなかったら、せっかく吸った空気は一瞬にして
吐き出されてしまい、とても歌うことなどできません。
かといって、腹部の筋肉をコチコチにして、力任せに声を支えようとしても、
緊張しきった筋肉が自由な呼吸を妨げて、やはり、声の自由を奪います。
何よりも、こんなことでは、1曲歌っただけでクタクタになってしまうでしょう。
もちろん、ここぞという高音を決めなくてはならない時とか、劇的な表現をする必要がある時などに、
「エイ」と腹に力を入れる必要のある時はあります。
ただ、いつも力を入れていては、必要な時には、もう残された力がないはずです。


・ボイストレーナーの福島英氏によれば…
http://bvt.txt-nifty.com/qablog/2011/04/3347-b7cb.html

A.声を支えるとよく言いますが、これは感覚的なことばです。声を支えることがうまくいったとき、お腹や腰、胸などで声を支えている感覚になります。みなさんが何かものを支えるときを考えてみてください。動かないようにしようと考えないでしょうか。つまり、発声上も動こうとする力をしっかり支える感覚が生じることになります。では、動きとは何かというと、息の動きです。この支えがないと、息がどんどん出ていってしまい、すぐになくなってしまいます。


http://bvt.txt-nifty.com/qablog/2009/05/post-8c03.html

A.「もっと声を支えて」とトレーナーからよく言われると思います。しかし、「支え」ということがどういうことかしっかり理解できている人はなかなか少ないような気がします。支えとは、空気を吐く際に無駄な息がたくさん出ていかないために(息漏れ声にならないように)息を体の中にとどめておこうと作用する力のことです。この力と息を吐き出そうとする力が喧嘩している状態で息を吐くと「流れのある声(イタリア語でla voce sul fiato、息の上の声という意味)」で声を出せるようになります。とくに高音のさいにこの支えのポイントを喉で作ってしまう人が多いので(体で支えることは訓練が必要なので喉のほうが手っ取り早い方法ですので皆さんが間違いやすいのですが)声が詰まったり、喉に負担が来るわけです。支えの方法については色々な方法と流派がありますのでどれが正しいということはよく意見が分かれるものです。しかし、とにかく息を無駄に使わないような体の使い方ができれば、声は支えられて自由になります。

要するに


「息が無駄に出て行かない状態」をつくること=「声の支え」
ということでよろしいかと。
で、その「声の支え」を作るためには、
・まず、しっかり腹式呼吸になっていることが前提条件で、
・横隔膜を硬い動きにしない程度に適度に脱力・忘却しつつ、緩んだり暴走したりしない程度に適度に緊張・意識する
・そうやって、多すぎず少なすぎずの息を吐いたり吸ったりする
というのが肝要、ということかと。
「ほどほどに」というが一番大切で一番難しいのは世の常なので、地道にベストな感覚をつかんでいくしかないでしょうなあ…。


他にもまあ、発声が揺れたりブレたりしないように「声帯」や「舌などの調音器官」で声を支えること…についても「声の支え」と言ったりもするけど、マイナーというか、それは「声帯の使い方」「調音器官の使い方」であって、この辺のテクニックまで「声の支え」って言っちゃうと意味が拡散しすぎてボケるよね、と。


わかりやすい言葉に逃げない


この辺から話をちょっと脇道に外します。
これは、質問者さんがどうとか言いたいわけではなく「自戒」なんですが、
「声の支えが無い」「喉がひらいていない」「喉声になっている」「腹から声が出てない」「かたい声になっている」「響きが少ない」…とかそういうボイトレでよく使われる言葉、定義が曖昧すぎて無意味なことになってしまいやすいよね
と思うのです。


なにしろこういう言葉は、伝える側か受け取る側のどちらかでも、定義が曖昧なままに使ってしまえば、
「とりあえずこう言っておけば、そのとき起こっている何かしらの問題を言い当てられる」
「とりあえずこう言っておけば、ある程度正しい指摘になる」
という便利ワードです。
しかし、こういう言葉に頼りすぎると、大事なときに伝えたいことを伝えられなかったり、明後日の方向に人を導いてしまったりすることもあるわけですね。


例えば、「声の支えが足りない!」とだけ言われたとしたら…
まあ、「確かにそのとおりだ!」とは思いますよね。
声に関するあらゆる要素を100%「私は支えきれてる!コントロールしきれてる!」と思う人ってなかなかいないと思いますし、そういう意味ではあらゆる人が「声の支えが足りない」と言えるかも。
では、じゃあどうするんだ!となったときに、定義がしっかりしてないと、どうしようもないわけです。
なにしろ、「支えって何か」というのが、考えよう受け取りようによっていくらでもあり得るわけですから、対処方法も無限大…、と。
で、運良く上手く行けばいいけど、たいていはあまりの曖昧さに身動きがとれなかったり、間違った方法に突き進んでしまうわけです。


私も過去に「喉を開け!」という言葉のせいで、大変な目に遭いました…(笑)。
「真似」による「学び」…の落とし穴。 - 烏は歌う


掘り下げよう


言葉の意味や定義を掘り下げていくときに、下に紹介する記事がすごく役に立ちます。
冒頭のツイートの人のブログですが。


質問テンプレート - 発声練習


…ここまで考えると、非常に面倒くさくて、読んでるだけで頭痛くなってくるような感じですが。

回答と質問というのはネジとドライバーの関係に似ている。自分が扱いたいネジにあわせて、適切なドライバーを選ばないとネジ山をつぶしてしまったり、ネジが固すぎてうまくしまらない/ゆるまない。質問も一緒。適切な質問によって、適切な答えが見つかる。だから、できるかぎりたくさんの質問を用意しておいて、適切な回答を見つけられるようにしないといけない。


というように、適切な「発声をあらわす言葉」と適切な「声の出し方」を組み合わせないと、適切な成長ってのはなかなか難しいし、それがぴったりと組み合わさったときには、ほんとうの意味で「発声にまつわる指導言語」が血肉になるのです。