「トレーナー」とか「コーチ」とか呼ばれる人のお仕事。

ちょっと気が早いですが、そろそろ今年度も終わりが見えてきましたね。
ということで…来年度から、
「今年度こそ、ボイストレーナーについて本格的にボイトレをはじめるんだ!」
「サークルの先輩が卒業しちゃったら、私がボイトレしなきゃいけないんだけど、どうしよう!」
なーんて人にこの記事を。


教える、だけが仕事じゃない。


「トレーナー」のお仕事は「教える」こと…だけではありません。
もちろん、「教える」ことがとても大切だということは、パッと見でわかるとおもうのですが。


教え子の目に見えないところの仕事としては、その分野について「勉強する」ことも大切な仕事ですね。
日々更新されていく知識や流行に常に敏感になり、また、目の前の教え子の課題や成果を正しくとらえて経験を積み、教え子からも学ぶ意志と態度を持ち、それを常に指導にフィードバックし…
「勉強する」ことができないと、流行りの言葉で言えば、人間あっという間に「老害」化してしまいます。例え若かろうが。


そして、「トレーナー」として一番大切な仕事は、教え子のことをしっかり「見る」ことではないか、と私は思っています。
「教える」こと以上に、「見る」ことが大切なんじゃないかと。


「見る」「見られる」ことの大切さ


ぶっちゃけ、教えられたり、勉強したり、そういったところで知識を得たり経験を得たり練習法を習得したり…というのは、トレーナーがいなくたって一人でできます。
じゃあなぜトレーナーが必要かと言えば、「自分では、自分の姿を見ることができないから」ですね。
そもそも物理的に見聞きすることができないってのもあるし、ビデオやらを駆使して物理的に見ることができたとしても、やっぱりリアルタイムな感覚とは全然かけ離れてしまうし、なによりメンタル的に自分を「客観的に」見ることが非常に難しい。


なので、トレーナーについてもらわないと、全然できているものを「まだできていない!がんばらなきゃ!」と無理してしまったり、できていないことを「できているつもり」になってしまったり、客観的に見て無理・無駄・無謀な目標設定をしてしまったり、自分を過小評価してチャレンジすることを避けてしまったり…と、そんなことが起こるわけです。
また、「自分の道を突き進む」あまり間違った極端な方向に行ってしまったり、自分の新たな可能性に気づかなかったり…逆に「自分の道を信じられなくなる」ことによって、成長の歩みが止まってしまったり、色んな方向へ迷走してしまったり…。
そんなことが、トレーナーのいない「自分だけ」の練習では起こりがちです。


だから、トレーナーが常に「客観的な目」で見守ってくれることが、とても大切なんですね。
その分野における「世界一の天才」で、「もう他人から教わることなんかひとつもないんじゃないか」と思えるような人でさえ、プロになると必ず「トレーナー」「コーチ」がついている…というのは、そういう理由です。


「教えられる」側の人へ。


「教えられる」側にまわった人々は、しっかりトレーナーに「自分のありのままの今を、全部を見せよう!」としていますか?


「先生の前だからいいとこだけを見せなきゃ!」「先生の前だから失敗しないように!」「私の色は全部隠して、先生色に染まろう!」「先生に言われたことだけを言われた通りにやればいい」…とか思ってません?
それはトレーナーとしては非常に困るんですね。
それでは、あなたのことが何も見えないから、無難なことしか教えられない。
もちろん、指示に従うのは当然として、その上で「ありのままの今のあなた」を見せられると、あなたが自分では気づけなかった魅力や欠点、様々な可能性をトレーナーは見つけてくれます。
だからね、謙虚ではあるべきだけど遠慮はしちゃダメで、全力でぶつかっていこう。


また、そういう発見を促進するために、「自分は何が魅力で、何が欠点なのか」「何が好きで、何が嫌いなのか」「理想の姿や果たすべき目標はなんなのか」…というのを言葉で共有しておくのも大切ですし、練習中にプレイで表現していくのもとても大切。
そうすると、やっぱり自分でも気づけなかった「進むべき道」をトレーナーが見つけてくれたりします。


あとはまあ、「私のことをちゃんと見てくれている!私のことを私以上によくわかっている!」と思えるトレーナーに当たったら、それはもう大当たりなのでその出会いを大切にして欲しいですし、「なんか人のことを見ないで、だれにでもおんなじことを上から押し付けるばっかりだなー」と思ってしまったら、ちょっとハズレに当たってしまったかも…。
人の「引き」を良くするためにも、ちゃんと自分のことを見て貰えるように、積極的に学ぶ姿勢を見せたり、指示を「自分のどんなところを見て、その指示を出したのか?」というのを考えたり聞いてみたりすることが、まず大切です。弟子が師を育てる、とも言いますしね。
これは合わない!と思ったら、思い切って師を変えるのも一つの手。
人脈や体験レッスンなんかを活用しましょう。


「教える」側の人へ。


今後トレーナーとして食っていこうと思っている人も、成り行きで仕方なくトレーナーになってしまってしまった人も、とにかく「教える」「勉強する」「見る」の3つをどれも欠かさずバランス良くやっていってもらいたいなあ、と思います。


特にね、急に成り行きで仕方なくトレーナー的な立場に…どうしよう!的な人。
焦って「どんなふうに練習を進めればいいのか…」「計画が…」とか考えているかもしれませんが、まずすべきことは、しっかり指導する相手のことを「見る」ことです。
とにかく、相手の声を聴き、発声する姿を見て、どんなところがどうなっているのか、願望としてはどんなふうにしたくて結果としてどうなっているのか…
その発声の魅力的なところと欠点はなにか、トレーナーと相手の認識の違いはどうなっているか…
などなど、相手の実態をよーく見て、どういう風にしたいか・なりたいかを擦り合わせてみましょう。
そうすれば、するべき練習方法は自ずと見えてきますし、練習の進め方だの計画だのは、それから立てたって全然遅くありません。


あとはね、とりあえず「褒める」こと。
やっぱり、「あなたは凄い!」って言われ続けると凄くなったような気になるし、そういう気持ちじゃないと上達できないんだよね。
それに、細かいところをマメに褒めておくと、「私のことをいつも見てくれている!」とか思ってもらいやすい。
あと、マイナスな感情の表出とともに「あなたはダメだ!」って言い続ければ、その人を簡単にダメな人にできる、ってのは覚えといてほしい。一種の呪いだから、これ。


褒めるったって、そんなに難しいことじゃない。
できて当たり前のことであっても、一々拾って褒めてやると、それがその人にとっての「心の軸」になったりしますし。
言い方悪いですが、「犬のしつけ」とおんなじで、何か良いことしてくれるたびに、行動の直後に褒めなきゃダメ。そして、とっくの昔に習得したことでも、やる度に褒めてやらなきゃだめ。
当たり前のことでも、度々褒めてやれば「習慣」になりますし、見過ごしてると「習慣」にならずに、今はできていてもそのうち崩れてしまうかもしれないですからね。
特に「姿勢」だの「準備」だのは習慣化しないと意味がないですからね。


あとはまあ、アメリカ人のボイトレ動画やCDを聞くと、合間合間にとりあえず「グッジョーブ!」「ナーイス!」「オーラーイ!」とかの「プラスの言葉」を相槌がわりに使ってますね。
ちょっと日本人とは文化が違いますが、こういうところは是非是非真似てみるべきだと思います。
「OK」の指示を出すってのはとても大事なんです。
どうしても日本的な文化だと、指導する側が「良かったら無言で次へ進み、なんか問題があったら指摘する」という流れになってしまいがちなんですが、そういう練習をやらされて不安になったこととかありませんかね?
こういう流れだと指導される側は「良いのか悪いのかわかんないけどとりあえず」みたいになりがちで、目的や意欲がブレてしまいがちで、「低いモチベーションのまま、ただ言われるままにやるだけ」な人を量産してしまいます。


あとは、褒めるだけでなく、一人一人としっかり目を合わせたり、笑顔や柔らかい口調や楽しそうな雰囲気で接したり…という点もポイントです。
言葉で褒めずとも、空気で褒める。
日本人には一番嬉しく効果の高いやりかたかもしれませんね。


「常に見守られているんだ!」という空気をつくり、しっかり相手を観察した上で…勉強した内容であったり、指導の適切さであったり、そういう「専門性」がはじめて生きてくるわけです。
「理想」の形も人それぞれですし、そこに辿り着く方法も本当に人それぞれですから。
なので、ボイストレーナーとしての「専門性」を高めるのも大切ですが、今ここにいる教え子をしっかり見てほしいな、と思います。
もちろん、いくらじっくり相手を見たって、専門性がなければ的確な判断もできなければ、適切な指導もできないので、トレーナーとしての専門性を磨くことは怠ってはいけないのですが。