表現力をつける方法と、「精神論と技術論の狭間」の話。

よく言われる、「もっと感情を込めて!」とか「色気を出して!」いう言葉について


言いたくなる気持ちもわかるし、そうとしか言い様がない場合もあるんだけど、
「感情を込めるというのはどういうことで」
「どうしてやればそれが実現されるのか」
というのがわからないことには、どうしようもないですね。


「感情を込める」「色気を出す」とはどういうことなのか


具体的にはすごく説明しにくいことではあるのだけれど、
「声質や歌(リズム・メロディー・ハーモニー)に『絶妙な変化』を持たせることによって、歌の印象を変えること」
ということになりましょうか。


どんなに頭の中で強く感情をイメージできていようと、どんなに人生経験豊富な人であろうと、どんなに歌詞を研究して工夫をこらして感動的な世界を作ろうと、どんなにその人が「色気」にあふれたビジュアルであろうと、「歌」「声」として聞いた時に「聞き手に伝わるもの」が無いとダメ。


また、いくら「声質や歌」に変化をつけようと、それが歌い手の感情と真にリンクしてないと上っ面の表現に終わってしまいますし、表現だけが空回って違和感の元になりがちです。


具体的にはどうやるのか


具体的な方法としては、例えば「表情」や「動き」をつけること。


声に「表現力」を出すために、手っ取り早い方法。 - 烏は歌う


「顔芸」を全力で行い、「アクション」をつけることで、単なる脳内のイメージに過ぎなかった「感情」というものが、身体中の筋肉に影響を及ぼし声に影響を及ぼすようになります。
ただイメージするだけじゃ弱いので、実際に表情をつけるところからはじめてみると、声や歌いまわしが全然違ってきますよ。
また、頭の中では「ぼんやり」としかイメージできなかった感情も、実際に表情を作ってみると強くリアルに、実感や切迫感を持ってイメージできるようになったりします。


また、そういう話をちょうど、私の尊敬するボイストレーナーさんが書いていたので紹介しておきます。


偏屈ヴォイトレの辛口合唱論 第1回「女声合唱における色気の考察」  - ヴォイストレーナー チャトラ猫の原稿倉庫 - Yahoo!ブログ

結論を申しましょう。表現上の色気とは単なる技術です。重心や姿勢や視線にほんの少しゆがみを持たせることで可能な技術なのです。


…どうしても「真剣に」歌を練習していくと、直立不動でおカタイ顔になってしまいがちなんですが、それではどうやっても「色気」はでませんし、「ある種の感情」しか表現できなくなってしまうでしょう。
「重心や姿勢や視線にほんの少しゆがみを持たせる」ことによって、確実かつ簡単に、「声質や歌に絶妙な変化を持たせること」が可能になります。


また、試してみて欲しいのが、声楽家の山枡信明氏がTwitterで紹介していたこの方法。

https://twitter.com/nobuyamamasu/status/243093673255006208:twitter
https://twitter.com/nobuyamamasu/status/243094099698274305:twitter
https://twitter.com/nobuyamamasu/status/243095406697914368:twitter
https://twitter.com/nobuyamamasu/status/243096039689699328:twitter
https://twitter.com/nobuyamamasu/status/243096875954237440:twitter

山枡信明(@nobuyamamasu)/2012年09月05日 - Twilog


感情と「呼吸」を結びつけることで、「声質や歌に絶妙な変化を持たせること」を実現できます。
呼吸(をするときに働く筋肉群)が一度「怒りモード」「喜びモード」「悲しみモード」「感動モード」…に入ると、「歌」というものは必ず「呼吸の状態に応じた」声や歌いまわしになるので、「感情を込めた歌」が実践できます。
また、呼吸が一度そういうモードに入ると、呼吸に引きずられて「脳(感情)」もそういうモードになってくるんですよね。
で、「感情が呼吸を、呼吸が感情を強めていく」フィードバックが完成して、どんどん感情が込められていく感じになります。


精神論と技術論の狭間


言い古された言葉で言うと、「歌は心」です。
だから、「感情を込める」のは何より大事かもしれない。


ただ、ひたすら「精神論」ばかり強調しても、実際にそれを声にして歌にして「表に現す方法」をしらないと、何にもならないわけです。
また逆に、「表に現す」にはどうするかを具体的に考え過ぎて、小手先の技術ばっかりに走るようになってしまうと、本末転倒。


だから、こういう「感情をいかに表現につなげていくか」「感情をどのように歌に反映させていくか」の初歩トレーニングは、やれるとやれないでは大違いなので、必ずやっておきたいですね。


これがない状態で「精神論的トレーニング」を積み重ねても、それは単なる「想像」で終わってしまいます。
これがない状態で色々な「技術的トレーニング」を積み重ねても、「上っ面」の歌唱力で終わってしまいます。
自分のウチとソトをダイレクトに繋げているか、ときどきは思い出したいところですね。