パート移動にまつわる微妙な感情。

コンバート時の戸惑いとか


合唱ってのは、全員が歌という同じ楽器を使って演奏するわけでして、「パート移動」「コンバート」がけっこう頻繁に起こりやすいものです。
団の活動レベルとか規模とかにもよるけどね。
人の出入りとか偏りとかによって、全員を完全に希望通りのパートには置けない場合も多いので、合唱団の都合でパート移動をお願いしなきゃならないことも多い。


「音域的にコンバート無理!」って人は実はほとんどいなくて、だいたいの人がパートをひとつ上下するくらいはけっこう簡単にできるかと思います。
しかし、パートを移ってみると、けっこう「求められる役割」が変わってきたり、自分の今までと違う部分が見えてきたり、ちょっと戸惑うことは多いんですよね。
なので、自分のパートにコンバートされてきた人がいたら、ちょっと気をつけてフォローしてやってほしいものです。


パート移動時の注意(指導者側)


それと、だれかにパート移動をしてもらうときに気をつけなきゃならないのが、パート移動を「させられる」と稀に(大袈裟に言うと)軽く「アイデンティティ・クライシス」に陥っちゃう人がいるので気をつけないといけないです。


これは、右も左も分からない初心者にも、合唱をやりこんだ上級者にも、起こりうること。
初心者を、パート適性見るって言って各パートたらい回しにしてみた結果、完全に何が何だかわからなくなっちゃったりとかね。
上級者は上級者でセルフイメージが固定されてたり、プライドが確立していることがほとんどだから、それとずれた役割をさせると反発したり不安を感じたりしてしまいがち。


ちゃんと信頼関係ができていないと、パート移動させられた人ってどうしても「元々のパートではダメだからパート移動させられたのだ」「今の指揮者やパートのメンバーに迷惑に思われたからパート移動させられたのだ」って思ってしまいがちなんですよね。
で、余計に不信感が増していく、と。
そうなってしまうと大変なので、そうならないようにしっかりコミュニケーションしていかなければならない。
「そんなつもりはないのに…」と思っているだけじゃダメだし、ただ「言うだけ」でもダメなことが多い。


余談を入れると、サッカーでもよくポジションのコンバートで揉める話を色々と聞きますよね。
本田圭佑とか、自分はトップ下の選手なんだという自意識がすごく強いけれど、ボランチやらされたりセンターフォワードやらされたり、今はウイングやってたり、それで毎度毎度葛藤しつつも適応する話がことあるごとに語られてますね。
また、海外サッカーなんかだと、ポジションコンバートを強いられて監督と揉めて、最悪どっちかがいなくなる話とかたまに聞きます。


自己有用感の話


やっぱり人間というものは、
「自分の得意なことを生かせていて」
「集団のために役に立っていて」
「まわりの人に必要とされている」
と感じると、精神が満たされるものですし、これらの要素が一つでも欠けると、精神が危機的状況になりがちです。
心理学で言うところの「自己有用感」ってやつです。
この「自己有用感」ってやつを傷つけていないかな?ってところは、パート移動をお願いするときには気をつけた方がいいです。


まず、コンバートした人が、ちゃんと「自分の特技や特性を新しいパートで発揮できている」「このパートでも自分らしく活躍できる」と思えているかどうか。
それを見いだせずに困っている人がいたら、「あなたの○○という長所を見込んでこのパートになってもらいました」「あなたのこういうところが好きです」的なことをしっかり伝えていかなければならない。
あとは、その「長所」を出せるような「仕組み」も整備してやらないとダメです。
たまに「あなたの○○なところ生かしてほしいから、パート移って!」みたいなことを言いつつ、「○○」が全く出てこない曲とかパートばっかりやる…とか、そういう矛盾した指導をする人って案外よくいるんだけど、そういうのは一発で信頼を失うので気をつけましょう。
また、同じようなこと言われつつ、実際に「○○」なプレイをしたら怒られたり、しても特に何のリアクションも無く完全に無視されたりとかな!そんなことされたら「だれが二度とお前の言うことなど聞くかよ!」みたいに思うよ!


また、「集団のために役に立っている」という実感を持てているかどうか。
これは、もちろん言葉や態度で「役に立ってますよ」と伝えるのも必要だけれども、それだけだと逆効果。
というのも、「自分の中で成功できた感じがしない、まわりに貢献できている気がしない」時に褒められたり甘い言葉を言われても、それは自信にならないから。
なので、集団のためにちょっとした役割を持たせたりして「貢献している感じ」を持たせるとか、課題のレベル設定を適切に保って「成功した感じ」を持たせるとか、そういう気遣いが集団の維持にはとても大切。


あとは、ちゃんと「まわりの人に必要とされている」と思えているかどうか。
これも、やっぱり言葉も態度もどっちも必要。


この3つの要素は別個に存在するものじゃなく、「自分の長所を生かせていない」と考えてしまうと「だれの役にも立てない」「だれにも必要とされていない」という風に思考が傾きがちになるし、「自分は役に立ててない」と思えば「自分に長所なんてない、もしくはこの集団に合わない」「だれにも必要とされていない」という風に思考が傾きがちになるし、「だれにも必要とされていない」という風に考えれば以下略。
なので、一箇所改善すると全体が改善することもあるんだけど、一箇所放置しとくと全体がダメな方向に向かっていくこともありがち。
バランスよく、その人が活躍できるようにしたいものですね。