「ほめて育てる」にまつわる云々。

ホッテントリより


「ほめる」とか「怒らない」の言い方を変えてみる 〜NHK BS「奇跡のレッスン」に学ぶ : MAMApicks -子育て・育児・教育ニュース&コラムサイト-


もう、私がごちゃごちゃ色々書いたのを読むより、とにかくこれ読んで!!
…って感じで今日の記事は終わりでいいかもしれないと思うくらい良い内容。


「OK」の指示を出そう


「褒めるのが大事とよく言われるけど、どうやって褒めたらいいかよくわからない!」って悩みを持っている人は多いと思うんですよね。
そこで大切なのが、この考え方だと思います。

さらに、「ほめる」というとどこか、人格丸ごと大肯定、礼賛、むぎゅっ!……と、包容力ありすぎなイメージがあるけれど、ロドリゴ監督の様子を見ている限り、そこも、極めてあっさりしている。
ピンポイントで、「今のプレーのそこがよかった!」それで終わり。
「◯◯ちゃんすごーい!」と派手にほめたり、自信をつけさせる意図満点の過剰な励ましとは違う。人格丸ごと肯定するような包括的な表現でもない。ほめてのせてその気にさせるとか、そういうアプローチではない。
態度はシンプルで内容は極めて具体的なのだ。そして、いいところを徹底的に見つけて、逃さず細かくフィードバックしている。


”ピンポイントで、「今のプレーのそこがよかった!」それで終わり。”
これだけでいいんです。
ただしこれを、細かく何度も出すこと。
そのためには、「今日は誰の何を褒めてやろうかなー…」みたいな感じで、指導者側の方でじっくり色々考えてアクション起こすよりも、
・教えられる側の様子をしっかり見つつ、
・「やって欲しいこと」がやれてたら即座にリアクションで条件反射で「OK」「Good」の指示を出す
って感じで行ったほうがやりやすいと思います。


練習を何かやるときには、必ず何か「やりたいこと」があるはずです。
また、どんな練習をやるときであっても通用する「基本的なこと」というのもあるはずです。


その「やりたいこと」や「基本的なこと」ができていたなら、とにかくすぐに、そこで、そのことを短く褒めるんです。
そのためには「練習の意図」がはっきりしていないと「すぐ」に褒められないし、ちゃんと教えられる側をよく見てしっかりコミュニケーション取れていないと「すぐ」には褒められない。


それでもやっぱり何を褒めたらいいかわからない…って人は、とりあえず「できてて当たり前だと思ってることを、いちいち褒めてみる」ってのがいいでしょう。
「練習に出てくれて、ありがとう!」
「話を聞いてくれて、ありがとう!」
「(簡単な質問をして)正解、その通りです!」
「2小節目で音外れたけど、1小節目はできてるよ!」
「色々ミスはあったけど、とにかく1曲歌いきったね!」
…とかなんでも。


ケーススタディ


例えばありがちな「いかにも失敗しそうな雰囲気のボイトレ練習現場」を想像しますと…
(ほぼ体験談)


先生「じゃあまず…このフレーズで発声してもらいますー」
生徒「あーあーあーあーあー」
先生「(…特に問題なし、と。)」
生徒「(…今ので良かったの?それともダメだったの?)」


先生「じゃあ次はこれで…」
生徒「あーーーあーーーあーーー」
先生「(なんかあんまり勢いないな…音程も下がり気味だし…)」
生徒「(…なんか顔が怖いけど私なにかやらかしてる!?)」


先生「もう少し明るくいきましょう、同じフレーズで」
生徒「あーーーあーーーあーーー」
先生「…」
生徒「(ああそうか、私、暗かったんだ…)」
生徒「(がんばらなきゃ…でも何をどうがんばればいいんだ?)」
生徒「(今のは自分なりに少し明るくしたつもりなんだけど、できてた?できてない?)」
生徒「(と言うか、これは何の練習なんだ?)」
生徒「(どうなったら成功なのか?何から手をつけたらいいんだ?この練習やってて本当に上手くなるのか?)」


…みたいな感じ。
だいぶテンション下がる。


ここに「OK」の指示を放り込んでみると…


先生「じゃあまず…このフレーズで発声してもらいますー」
生徒「あーあーあーあーあー」
先生「OK!よく声出てるよ!」
生徒「(あー、とりあえずこんな感じで声出していけばいいのね!)」


先生「じゃあ次はこれで…」
生徒「あーーーあーーーあーーー」
先生「いいね!相変わらず声量しっかり出てるよ!」
生徒「(よーしじゃあ、次は声量以外にもちょっと気をつけてみようかな!)」
生徒「(声量は私の武器だから、迷ったらここに帰ってくればいいんだな!)」


先生「もう少し明るくいきましょう、同じフレーズで」
生徒「あーーーあーーーあーーー」
先生「Good!さっきより少し音程よくなったよ!」
生徒「(よし、次は音程完璧にする!早く次のメニューを!)」


…みたいな感じになってくれると理想的だなー。


教えられる人は「不安」なんです


練習しててどんな時が一番辛いかって、「やったことに対して何のリアクションも返ってこないとき」なんですわ。
「やったことに対して必ず負のリアクションが返ってくる」ってのも最悪レベルで辛いけど、それと同じくらいメンタルがやられるのが「無視」「放置」なのよ。
自分のやっていることの方向性が正しいのか間違っているのかリアクションが無いからわからない、だから色々試してみるけれど、その試した結果もやっぱりリアクションが無いので良かったんだか悪かったんだかわからない…みたいな環境って、心がむちゃくちゃ強くないと耐えられない。


また、「明らかに失敗した」ってのは「別にだれかに言われないでもわかる」ことがほとんどだけど、「なんとなくそれなりに成功している」状態ってのは、なかなか当人にはこれで良いんだか悪いんだか判断がつきにくいものです。
そんなときに、「今のプレーの何が具体的に良かったか」ってのをパッと言ってもらえると、
「ああ、こういうときにはこういう行動を取ればいいんだ」
「とりあえずこのくらいのクオリティがあれば大丈夫なんだ」
みたいな考えを持つことができ、とりあえず「安心」することができて練習も捗るし、それを続けていくことで自分の中に「判断の軸」「価値観」「スタンダード」ができてくるわけです。
そういう「軸」が自分の中にできてはじめて、自発性ってやつも生まれてくる。


日本的な文化だと「良かったところは無言で認め、悪かったことは(たとえ人格否定になろうとも)しっかり指摘する」みたいな感じになってしまいがちだけど、これでは、教えられる人はどうしても不安から逃れられなくなるか、「何も言われないよう、目立たないよう生きていこう…」みたいな消極的な態度になりがち。


「良かった所なんて言わなくてもわかるだろうし、いちいち言ってたらテンポ悪くならないか?」と思われがちなんだけど、指導者の感じる「良かった!」って気持ちは、思っているだけじゃ1/3も伝わらないです。
一方、指導者が「…あれ?」と思った気持ちってのは、相当図太い相手でもない限りは、実際の3倍くらいに増幅されて伝わっちゃってると思ったほうがいい。


そうではなく、
「良かったところは即座に具体的にしっかり伝えて、その行動・性質を育てていこう」
「悪かったところは、本人が気づいていそうなら黙って流して、次に期待しようということでいいよね」
「失敗に気づいていなさそうなら、具体的に何が悪かったか、そうしないためにはどうすればいいかを本人に考えさせよう、もちろんヒントもアドバイスも用意してある」
「失敗だけに目が行くと消極的な人間になりやすいので、無くしてはいけないその人の美点についても伝えよう」
…みたいな先生になりたいものですね。