クラスで一番やり投げが苦手だった少年の話。

まあ、俺のことなんだけど。


投げるのが苦手


昔から水泳部で、「体力は有る方なんだけど、球技は苦手」ってタイプの子供でした。
特に野球・ソフトボールは大変苦手で、この世からなくなればいいのに、位に思ってた記憶。


とにかく何故かオーバースローが苦手で、全然ボールが飛ばないんですよねー。
この投擲が苦手な状態は、小学校にはじまり大学で「あること」に気づくまで続いた。
高校では体育の時間にやり投げをやったんだけど、そこでクラスで最下位という不名誉記録を残したり。
体育の成績は概ね4で時々5という感じで、何故か投擲だけひたすら苦手だったので、投擲要素が決定的に大事なスポーツは全くやる気が起きなかった。


「手投げ」


ボールを投げるのが苦手というと、すぐ「それは”手投げ”になっているからだ」「”手投げ”でなくなれば、普通に遠くまで投げられるようになる」と言う人がいますが、こういうことを言われてもあんまり役に立たないなあと思ってる。


なにしろ本人は全くもって「手だけで投げてる」つもりはなかったから。
ちゃんと身体もひねってるし、手首や肘ではなく「肩を支点」にして投げている…つもりだ。
しかし全然飛ばない。
それでも「手投げをやめろ」と言われるので、もっと大げさに身体ひねって、手首と肘を固定して肩を支点に…という感じでやってみるも、全然効果がない。
飛ばない。
やる気なくなる。
二度とキャッチボールなんてするかと思い始める。


小学校時代に、
「すごいダイナミックなフォームから繰り出される超スローボール」
と評された状態からなんら変わらない。
タイミングも取りにくいし、意味もわからない。


大学のときに気づいた、「あること」


合唱団の付き合いで、しぶしぶ草野球の練習をしてて気づいたこと。
「振りかぶったときに、肩甲骨を真後ろに引き、投げるときに押し出す」
これだけ。


これだけ気づいたら、それまでより大幅にボールの飛距離が伸びた。
それまでは、思い切り山なりに投げてもマウンドからホームベースまで(草野球だからたぶん規定よりちょっと短め)ノーバウンドでは投げられなかったんだけど、これに気づいただけで普通にノーバウンドで投げられるようになったんだよね。


いま考えてみれば、「肩を支点に円の動きでオーバースロー」って、実際にはできないんだよね。
アンダースローなら「ウインドミル(一回転)」投法ができるけれど、オーバースローでそれをする人がいないのは、人間の肩がそうなってないからだ。
ボールを持って、まっすぐ前から後ろに手を上げていっても、せいぜい地面と垂直になるくらいしか動かせない。
そこから「肩を支点とした円の動き」で投げてみても、地面と垂直がスタートなので、頭より上の方でボールを手離せば十分な加速距離が稼げないし、もっと粘ってもリリースが遅くなって地面に投げつけるだけだ。


なので、「円の動き」を意識から消して、
「肩甲骨を引いて押し出す、反発力による直線運動」
「これに、手とか腕とかによるフォロースルーが乗る」
「肩甲骨の前から後ろへの動きに、助走やら身体のひねりも乗る」
くらいの意識に変更してみたら、普通にオーバースローができるようになった。


改めて考えてみれば、子供のころの私は、「振りかぶる」動き、いわゆる「弓をひく」動きができてなかったんだなー、と思う。
「手投げになってはいけない」という言葉を聞いても、というか聞くほどに、「肩を支点に円運動」というイメージに囚われ、「すごいダイナミックなフォームから繰り出される超スローボール」になっていたんだなーと思う。


その後の影響


この経験以降、
・何事も、「定形の指導句」は信じないで、一度考える
・何事も、「人間の身体の仕組み」「人体本来の動き」から考える
ってのが癖になってて、これは発声に関してこんなに七面倒臭いブログを書く原点になってる経験だなーと思う。
今回はじめて書いたような気がするけど。


とにかく「喉で声だしてる」とか「喉が開いてない」とか「腹から声が出てない」とかそういう言葉と、そういう言葉を無責任に吐く人が死ぬほど嫌いなんですが、こういう経験のせいかなー、と。


余談


体育の先生に何か教わった記憶がない - Togetterまとめ


だいぶ前に話題になってた記事。


こういう「コツ」を教えてくれればなあ!…っていう経験は今回のスローイング関係だけじゃんく山ほどあるっちゃあるんだけど、教員の知り合いも多い身としては、
・学校で教える全てのスポーツ種目に関して、全てに関して「身体のどの部分をどのように使うべきか(科学的に合理的なフォームはどのようなものか)」「そのうえでテンプレな間違い方はどのような感じか」みたいな知識をつけるとか何十年とかの単位で時間が必要だよね
・ましてそういうのが一番必要となる小学校教師が教科担任制じゃなく学級担任制な時点で無理に決まってるよね
・その上で、「みんな違ってみんなダメ」みたいな一クラス40人前後のクラスの一人一人の問題に寄り添って解決しろなんて、毎日体育の授業があっても義務教育期間の9年じゃ無理だよね
・やってやれないことはないけど、ぶっちゃけみんな「体育の授業」にそんなに多くを求めてないよね
みたいな感想しか思いつかねえ。