ボイトレ、イントロダクション。

ボイトレをはじめる前に、だいたいこういう話をしています、という内容を書いてみる。
…まあだいたいこういうトレーニングってやつは「やりながら説明」「やってから説明」というパターンが多いんですが、敢えて頭にスピーチを持ってくるならこんな感じになるかな、という想定で。


「良い声」「正しい発声とは」


ボイトレの話をしていて、よく聞かれることとして、
「良い声とはどのようなものですか」
「正しい発声とはどのようなものですか」
みたいなものがあります。


極論を言えば、そんなものはございません。


というのも、人それぞれ体格も違えば性格や経験も違うので、ボイストレーニングをしていけばみんながみんな、なにか一つの「理想的な声」にたどり着くかと言えばそんなわけがないからです。
人間というものがあらゆる点において「人それぞれ」である以上、私の声は私にしか出せないし、「私にとってのベストの声」は、私の中以外のどこにも、世界中のどこにも存在しないわけです。
スタートもゴールもたどるルートも人それぞれなので、「これが良い声だからこれを目指せ!」とか、「これが正しい発声だ!」とか、そう安易に言えるわけがない。


また、歌うジャンルなどによっても「良い声」の基準って全然違うし、ジャンルの中でも楽しい曲なのか悲しい曲なのか、何を表現したい曲なのか、どのような技巧・効果が多用されている曲なのか…によっても、その都度「良い声」って違ってきますよね。
さらには、「聞く人の好み」「歌うとき、ところのTPO」によっても、「良い声かどうか」の判断なんてその都度変わって当たり前です。
なので、「(絶対的に)良い声」なんて存在しませんし、「"正しい"発声法」なんて聞かれても困るわけです。


また、発声に関するほとんどの要素が「程度問題である」という点も、安易に「正しい発声」なんてものを語れない理由として大きいですね。


例えば、「息の量は多ければ多いほうが良い!」みたいに素朴に思い込んでいる人も世の中にはけっこういるみたいですが、声帯が受け止められる息の量って限りがありまして、それ以上の量の息を流してしまえば声帯が耐えられなくなり、とても「良い声」にはならなくなってしまいます。
他にも、「声を響かせる空間は可能な限り大きい方が良い!」みたいに素朴に思い込んでいる人も世の中にはけっこういるみたいですが、これも出したい声によって「適量」な空け方は変わってきますし、「喉を開けば開くほど良いのだ!」と思ってむりやり口を大きく広げたり喉を下げたりしてみて、それによって発声の自由さや自然さが失われてしまっては元も子もありません。


なにごとも程度問題であり、「過剰過ぎて失敗している人」もいれば、そのすぐ隣に「過少過ぎて失敗している人」もいたりするこの世の中では、「○○すれば、しただけ、良い声になる!」「○○はダメな発声法!少しでも○○なのはいけない!」みたいな言説にはちょっと注意が必要です。


表現・技巧の「バランス」と「幅」


最近のボイストレーニングってのは基本的に、
・その人の「本来のバランスの取れた」「最も効率よく出せる」声を追求していく
・その過程で、様々な表現(バランスを「適度に」「コントロール下で」崩した声)を習得していく
という考え方に立っていることが多いです。


まずは、人間の、トレーニングするその人の、「本来のバランスの取れた」「最も効率よく出せる」声を追求していくことが大切です。


多すぎず、少なすぎない息の量。
開きすぎず、閉じ過ぎない声帯の状態。
大きすぎず、小さすぎない共鳴空間。


大雑把に書くとこの三点ですが、具体的に一つ一つ考えていくと、説明しても説明しきれない、探求しても探求しきれないほどの分量になってきます。


人間にはどうしても人それぞれ「向き不向き」があるので、そこを大きく外さない声づくりというのが重要になってきます。
「本来のバランス」から外しすぎると、喉を痛めてしまったり、非常に効率の悪い声の出し方になってしまうので、その人にとってちょうどよい状態を探るのが重要。


その過程で例えば、息を多く使う方法も、息を少なく使う方法も学んでいく。
それは「体感的」にどうするのか、というのも大切ですし、一方で「理屈的」にどうするのか、というのも学ぶと、トレーニングの効率がとてもよくなります。
そうやって、息をどのくらい多く使うとどのような声になるか、どのくらい少なく使うとどのような声になるのか、そのためには身体をどのように使えばいいか…を知っていく。


そして、その時々に応じて「どのくらい息を使っていくのか」を、みずから考えて、選択し、コントロールするのが、「表現」。
これを、声帯の状態や共鳴空間についても行っていくわけです。
「自分にとって最良のバランス」を取ることも大切ですし、声で表現したいものを表現するために「あえてバランスを崩して、偏らせた表現をする」ことも大切。


ミックスボイスの話


最近は、ボイストレーニングについて、どこのどいつも「ミックスボイスが大事」「ボイスをミックスさせることが大事」という感じのことを言っているかと思います。


「ミックスってなんだ」と言うと、大雑把に言うと、「地声」と「裏声」を切れ目なく繋げるようになることです。
「地声」とか「裏声」とかって言葉は、専門的に考えるとものすごく定義が難しいし、専門家でもけっこうみんないい加減というか人それぞれな使い方してることが多いのでちょっと注意が必要ですが、話が長くなるのでここでは「注意しておく」だけに留めておきます。
あとで勉強しましょう。


で、声をミックスさせることができる状態になると、だいたい人間は3オクターブ前後の音域が出せるようになります。
声の低い男性は余裕で3オクターブ以上は出せることが多いですし、日本人の一般的な女性は3オクターブよりやや狭めで「2オクターブ半」くらいの人が多いかな、と思います。
なので、とりあえずこの「3オクターブ前後の音域が出せる」ことを当面の目標に、そして「ただ出せるだけ」でなく「切れ目なく滑らかに繋げられる(Mixされた状態)」を目指しましょう、という形をとるボイトレが、最近は非常に多いです。


なんでミックスさせることが大事かというと、「高い声が楽に出せるようになるから」…というだけではないんです。
確かに高音が出せるってのは魅力的だし、ただただ高音が出したい!という想いだけでボイトレに励んでいる人も少なくはないんだけど、それだけじゃない。


声をミックスさせる練習をすることは、トレーニングするその人の「本来のバランスの取れた」「最も効率よく出せる」声を考える上で、非常に大きな手がかりになるんです。
なので、最近のボイトレは「ミックス」というものをとても大切にしています。


というのも、ボイスミックスというのは、先ほど書いた

多すぎず、少なすぎない息の量。
開きすぎず、閉じ過ぎない声帯の状態。
大きすぎず、小さすぎない共鳴空間。

が実現できていないとできないので、ミックスボイスができているということは「最適なバランス」が実現できているということになるからです。
例えば、声帯の閉じ具合に対して息が多すぎたりすると、高音がミックスせず「いきなり声が裏返った、すっかすかのファルセット」になってしまったりします。
なので、その状態から「ミックスボイス」に持って行こうと練習すれば、「その人にとってとりあえずバランスの取れた息と声帯の状態」がつかめますし、「息と声帯のバランスをコントロールする練習」にもなります。


なので、「そんなに高音は必要ないからミックスボイスなんて関係ない!」みたいな考え方はちょっと損です。
ミックスボイス習得のための練習で学んだことは、基本的に全部の音域で使えますし。


また、「ミックスボイスを習得したらそれ以外の出し方はダメ、出せなくなる」みたいなわけでもないので、「俺はもっと力強くシャウトしたいからミックスボイスの練習なんてしない!」みたいな考えもちょっと損。
あえてミックスさせない「張り上げチェストボイス」や「抜ききったファルセット」が表現的によりカッコイイと思ったら、そっちで出せばいい。
だけど、例え本番の歌の中でミックスボイスを使わなくても、その練習過程で学ぶことは非常に役に立ちますので。
「自分が今、どのようなバランスで声を出しているか」「そのバランスを、やりたい表現に向かって崩すには、どのような力を入れればいいか」というのがミックスボイストレーニングの大事なところというか全てなので、「無理のない発声」が身につくだけでなく、「もっと無茶をするにはどうすればいいか」も身につくはずなのです。


最後に


なので、とりあえず私達の当面の目標は、
・3オクターブ前後の声域を、できる限り滑らかに繋げて出せるようになること
・その過程で、声の「バランスの取り方、崩し方」を「体感」しつつ、本などでも「勉強」して、「理解」すること
になります。


大切なこととして、
「問題点は人それぞれであるので、問題点をできる限り具体的に把握し、それに応じた対処をすること」
「イメージや思い込みに頼りすぎず、人間本来の身体の作りや仕組みにもとづいて考えること」
という二点は、練習中は常に頭に置いておいて欲しいと思います。


それでは、練習をはじめましょう。