音色とか声質とか母音の話について。


しばらく見ていないうちに、音色や母音に関する質問がいくつか来ていたようなので。


音色の変化について


声というものは、「どのような状態の声帯に、どのような息が通ったか」+「そのとき、共鳴腔はどのような状態だったか」によって決まります。
で、声の「音色」「声質」というものについては、特に後者の「そのとき、共鳴腔はどのような状態だったか」というのが大きいとされています。


で、具体的に「共鳴腔がどのように変化すると」「声質にどのような変化が起こるのか」というと…
ちょうど一年前に、こんな記事を書きました。
母音関係まとめ - 烏は歌う


音色の変化は良いものなのか悪いものなのか1


で、
「声質が発音する言葉(子音・母音)によって違いすぎてしまう気がするけど、どうしたらいいのか」
「発声したい音の高さによって、声質が違いすぎてしまう気がするけど、どうしたらいいのか」
というお悩みを持っている人が多いようです。


これについては程度問題なので、「自分が狙っている、本当にやりたいバランス」と「それが実際に他人にどう聞こえているのか」を突き詰めるしかないです。
最近なんでも「程度問題」「程度問題」と、御用学者か政治家のような物言いに終始していて、明確な答えを出すことができませんが、本当に「程度問題」としか答えようがないです。


例えば、「言葉(子音・母音)に応じて、一文字一文字はっきり声質を変える」という発声をすれば、
メリット:滑舌が良い印象を与え、言葉を正確に伝えられる
デメリット:音楽(特に声楽、クラシック)的な滑らかさや情緒に欠ける
…という関係があります。


逆に、「可能な限り最小限の母音・子音の変化で全ての言葉を発声する」というやり方なら、
メリット:(声楽的な)美しい発声をキープしやすい
デメリット:滑舌が悪い印象を与え、言葉を正確に伝えにくくなる
…となり、裏表の関係になります。
なので、「正確に歌詞を伝えたいのか」「もっと非言語的なイメージを重視したいのか」によって、着地地点は違います。


どの程度、歌詞を聞かせるつもりなのか。 - 烏は歌う


音色の変化は良いものなのか悪いものなのか2


また、「音の高さによって音色が変わる」ことも、メリットデメリットの両面を踏まえた上で、自分のやりたいバランスを考えることが大切です。


基本的に、共鳴腔ってのは「どんな音域でも、広ければ広いほど良い」というものではなくて、
・低音では広いほど鳴らしやすい
・高音はある程度狭い方が鳴らしやすい
という関係になっています(かなり色々と省いて言うと)。


でも、「出しやすいから」といって高音で共鳴腔を狭めすぎると声質がキンキンしてしまってうるさいし、かと言って(低音を出しているときの状態のまま)大きく開いてしまえばそれはそれで高音が出しにくくなるし綺麗に響かなくなってしまうので、「高音では、共鳴腔をほどよく狭める」「音域によって、ほどよく声質を変化させていく(変化させすぎない)」のが大切ですよねー、という話になりますね。
また、目的によって、「とにかく高音の限界にチャレンジ!とにかく音程が届きさえすればいい!」って場合なら思う存分キンキン声で出せばいいですし、「中音域と声質を変えずに高音も歌いたい!」って場合は、ちょっと限界最高音の高さは妥協せざるを得ないかと思います。


音色の変化は良いものなのか悪いものなのか3


あとは「個性の演出」との絡みも大事ですね。


「自分の個性なんてどうでもいいから、歌に合わせて最善のものになるよう声質を変化させるべきだ!」という考えも、「自分の個性を最大限活かせるように、自分の一番美味しい声質だけを使えるように、歌の方を自分に合わせるべきだ!」という考えも、どっちも正解だし一長一短。
基本的にクラシック路線だと前者の割合が大きくなるし、ポップス路線なら後者の割合が大きくなる傾向はある。
そして突き詰めると、どっちであれ「個性なんていくらあっても、色々な場面に対応できる技術が伴ってなきゃ要らない」「個性の無いやつは、どんなに技術があろうがいくらでも替えがきく」という永遠に続く板挟みの世界に突入する。


なのでまあこの辺も、どのくらい個性を出して、どのくらい曲に合わせるのか、バランス次第。